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さて、このGWの奥秩父縦走も最終日となってしまった。
ところが最終日はひたすら下り。もくもくと下り。膝がバンビになっても下り。
しかも面白いポイントがほとんどない。
せいぜいゴールにコカコーラの自販機が見えた瞬間に全員走り出したぐらいです。
毎日コーラ飲みたいって言ってたからね。


あとふもとの風呂に入ってたら露天風呂でおじいちゃんに絡まれた。
学生か?どこ大学だ?どこに行ってきたのかって感じに話しかけられ、返答したら
「俺の娘の婿も甥も孫もお前らと同じM大学だ。」とか言いだしてきた。
血縁関係が微妙なので100%信じることはできませんw

で、山梨の塩山って駅から部室に帰還して片付けてラーメン食って終了。
山から帰ってきたあとの布団は最高です。いつも思うけど。

ここまで書いたけど「お前なんで山に行くの?」って疑問持たれた方もいるかもしれませんね。
色々ありますね
・そこに山があるから
・ここに俺がいるから
・大学時代しか行けないから
・仲のいい人と行くのが楽しいから

でも決定的なものではないんですよ。
別にプロの登山家ほどストイックでないし、社会人になっても行く人はいるし、友達と行けるなら別に山じゃなくても楽しいだろうし。
まあ、そういう明確な答えが出ないから面白いのかもしれませんね、なんてカッコいいこと言ってみる。

これからもドンドン山に行くと思うので、話したくてウズウズするような山行があったらまた書きますね。
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そんなわけで奥秩父縦走4日目。この辺から朝体バキバキです。
だからと言って何も思いません。
朝は明太パスタ。パスタは早いし旨いのでテンションあがります。

出発して最初はやっぱり登り。山小屋って低い所に立てるのがセオリーだから大体そうなんだけどもういや。
まずは雁坂峠に到着。よくわからんけどヤマトタケルノミコトも遠征で来たことがあるらしい。
向こうは戦争、こっちは遊び。時代は変わったんです、ごめんね。

途中岩の多い下りで足を滑らせ転倒。何回こければ気が済むんだよ。

そしていよいよ今回の縦走の最高峰、甲武信ヶ岳(こぶしがたけ)のピークへ。
この山、読んで字の通り、甲州(山梨)武州(埼玉)信州(長野)の県境にあるんです。
東京を出たと思ったらいつの間にか長野か。人間の足ってすげえな。
先にテン場に着いたので重いザックはいったんお休みしていざ山頂へ。
テン場でも2300mなので残雪ザクザク。

重い荷物もないのでサクサク登る。10分もしたら開けた場所が見えてきたが
「いくらなんでもあれが山頂なわけないだろう」
と思ってたらそこが頂上だった。唐突だった。
山頂はGWの割に人が少なかった。数人のじいさんばあさんがのんびりしてた。
名前にちなんで拳を突き合わせて記念撮影。
ダジャレでごめんね。みんなこういう言葉遊び好きなのw

で、テン場に戻って最後の晩餐。メニューはマーボー春雨。
乾物だから日持ちするしこれだけで完成する神の料理。

そして恒例のタバコタイム。
小屋の前のベンチで一服し、トイレをすましてテントに戻ろうとしたとき、そこで神は舞い降りた。
小屋の下にテン場があって、雪を掘ってつくった階段で行き来するんだけど冷えてカチコチに固まってる。
俺はサンダルをはいていたんだけど、下りの1段目でいきなり転倒。
そのまま雪の階段、もとい滑り台を滑降。
勢い余って木にぶつかると思ったらちょうどいいところで停止。
後輩たちは爆笑。爆笑しただけならまだしも、悪ノリして真似して滑りだす。
OBもOBで悪ノリして滑りだす。お前ら社会人だろ。

そしたら雪の階段は崩れて完全に滑り台になってた。
で、別の登山客(サンダル着用)も滑っちゃった。勿論事故で。
そのあとはお察しの通り怒られました。テヘッ

そんなことを思い出して吹き出し笑いしながら就寝。
明日はひたすら下りです。もうつまんないです、
おはようございます。いや書いてるのは深夜ですけど。
何となく1日ごとに書いてるのでこんな気分です。

さて、3日目。山では起きたらとりあえず寝袋を片付けつつ茶を炊きます。
ホントは茶は入れるものだけどなぜかみんな「炊く」って言います。
この日の朝食は洋風お雑煮。ベーコンとか玉ねぎとか入ったコンソメスープにモチをぶち込みます。
しょう油味のお雑煮に飽きた日本人の舌には新鮮です。

ちなみにこのレシピ、全部俺が考えました。そういう係だったので。
あと先頭でメンバーを引き連れて歩いたりするサブリーダーって役職やりました。
他に役職としては
・登山の計画者・責任者の「リーダー」
・個人装備や団体装備(テントとかコンロとかみんなで使う装備。部の所有物)を管理する「装備長」
・衛生道具を持ち歩き、ケガや体調不良者の対応をする「衛生」
・ラジオの気象情報を聞いて天気図を作成し、天気を予報する「気象」
がいます。

この日は将監小屋から雁坂小屋。一番長いルートです。
最初はちょっとゆるい道を選びました。みんな疲れてるみたいでしたので。
尾根道(疲れるけど気持ちいい道)と巻き道(ゆるいけどうっそうとした道)の分岐に書いてるんですよ。
「尾根道(ガチ用)」と「巻き道(ヘタレ用)」って。しかも鉛筆で付け加えた感じで。
絶対他の登山客がふざけて書いたんだ。そいつも雲取と飛龍の間で死にそうな思いすればいいのに。

で、その巻き道の途中に沢があったんで休憩したんですよ。
で、気持ちよくて調子のったらその沢でも滑りました。危うく滝つぼに落ちるところでした。
何で2度も死ぬ思いしなきゃいけないんだ。運命を呪った。

3時間ほど巻き道を歩いたらいよいよ尾根に合流。本来通るべき後ろの道を振りかえると物凄い急な道が見えた。
どれくらい急かというと張りがあって形がいいおっぱいくらい。
通りたかったような通りたくないような…


そんなことを思いながら歩いてたら出てきました、こっちにも。急な登りが。
急な坂は左右に蛇行しながら歩くと楽なのですがそれでもふくらはぎがはち切れそうなほど痛い。
そして休憩でふと山靴を脱いでかかとを見てみると衝撃的な靴連れが発生。
右足が直径1cmほど、左足は1.5cmほどのでかい穴と組織液とズルむけた皮があったんですよ。
マキロンで消毒して悶絶し、絆創膏とテーピングで保護。
原因はわかりきってます。山靴です。
俺の靴って分厚いソールと厚い革でできたゴローって呼ばれてる靴なんですけど、殺人的なんですよね。重さと硬さが。
革だから丈夫だし浸水してこないけどその分重くて疲れるうえにかかとがすれて痛いんですよね。
その威力を如何なく発揮したんですよね。俺のかかとに対して。

そんなこんなで小屋までの分岐に到着。分岐には0.3kmの文字が。
しかし現実はそんなに甘くなかった。道が長いうえに残雪まで現れてきた。
普段東京なら5分で着く所が30分以上かかった。
どうやら山にいる奴らは時間か距離の感覚が狂ってるようだ。ふざけんな。

その日の小屋は快適だった。小屋のおっちゃんは受付に行っただけで面白い話してきたし、広いし、何より地面が平らだっだ。
夕食は(保存用に)3日間すき焼きのたれに漬け込んだ牛肉を使った牛丼。いや味噌汁もついてたからむしろ牛めしか。松屋風の。

そして当然のように酒をあおって熟睡。8時ころかな。この辺から8時で大分夜更かししてしまった、と思うようになった。山に毒されてしまった。
ちなみに今は26時前。山だったら。むしろ起きる時間のほうが近い。

さて、4日目はいよいよ今回の縦走の最高峰に登ります。
はい、2日目です。寝返りもうてない狭いテントで寝てたから体が痛かった。
というか毎日そんな感じだったw

4時起床。朝食は前日のキムチ鍋の残り汁に米をぶち込むキムチ雑炊。
山の朝は早いのでさっさと腹に詰め、パッキング。
パッキングってのは荷物をザックに詰め込むこと。うまくバランスとらないと体壊してしまう。快適な縦走を行うための重要なファクター。

この日は東京最高峰の雲取山(2,017m)を取りに行く。
寒くて道には霜柱が散乱。途中みんなテンションあがって
「雲取、色とりどり、命取り、もうコリゴリ」とイカれたリリックを作る。
このリリックが後にフラグとなるとは…

1時間ほどで雲取山山頂に到着。GWということだけあってジジババどもが群がってる。
そいつらを押しのけ、というのは嘘で順番を待って記念撮影。
で、東京最高峰で至高の一服。2000メーターだぜ。スカイツリーの3倍だぜ。

いざ西へ。今日のテン場は将監(しょうぜん)小屋。
そして雲取山と隣の飛龍山(名前の割に山頂は荒れ果てた残念な山)の間で悲劇は起きた。
そこは崖が多く、木製の橋が多いところだった。
橋といってもただ、木の板を向こうに渡しただけで手すりも何もない。
何個目かの橋を渡ろうとしたとき、俺は足を滑らせ転倒した。
一瞬の出来事だったが、気が付いたらザックと上半身ちょっとを橋に残し、あとは空中に放り出されていた。
マジ死ぬかと思った。事実、他のメンバーも言葉が出ず、口をあんぐりしていた。
まさか本当に命取りだったとは…

そんなこんなでテン場到着。しかし到着予定の14時をオーバーする16時20分着。
おまけにここでもGWの影響でテン場は他の登山客でいっぱい。
仕方なく斜度のきつい斜面に幕営。しかし寝れたもんじゃない。
荷物も銀面(レジャーシートみたいなやつ。銀色だからこう呼ぶ)も滑り落ちる。
苦肉の策で斜面の低い所にザックを敷き詰め何とか高さを調整。体が地面から浮いてる状態。
軽くアトラクションチックですわ。

その日は豚汁定食(というか米と豚汁のみ)保存用に豚肉にすり込んでおいた塩がいい塩梅。あっという間に完食。
ここでもビールやらウィスキーやら焼酎やらを寝酒にあおって就寝。宙に浮いたテントで。
狭すぎて常に「だっちゅ~の」をしてる状態で寝る。疲れが取れるわけない。

次はいよいよ中日の3日目。この辺から足が壊れます。
続いて1日目。本格的な登山はいよいよここからです。

まずバスで登山口まで。ここでも問題が。
OB2人のうちの1人が朝に合流する予定が時間になっても来ない。
バスが出発する数秒前になんとか乗り込む。まったく、ハラハラさせやがって。

30分ほどで登山口に到着。そこで準備体操なり何だりして出発。
クネクネと長い道をひたすら登る。ダルイ。
途中東京理科大学の探検部なる連中に会う。途中というかしょっちゅうだったw
俺は食糧のネギ(キムチ鍋用)をザック(でかいリュックサック)にぶっさしてたら理科大の1人に
「そのネギって食べるんですか?それとも振るんですか?」って話しかけられた。
うるさい。お前らと一緒にするな。振り回したけど…w

4時間ほど登ってたら後の2コ下の後輩Oだけがバテ始める。
後でゼイゼイ言ってる。
実はこいつ同性愛者で俺に興奮してるんじゃないかと勝手に恐怖を覚えたがやっぱりバテてた。
話しかけても「…はぃ」と小さな声でしかしゃべらない。
なんてだらしねぇ奴だ。さきが思いやられる。

そんなこんなで6時間ほどでテン場(宿泊地)の奥多摩小屋に到着。
後輩にテントを張らせつつ俺は受付へ。
そこの管理人の兄ちゃんが恐ろしいほど根暗な奴だった。
テン場の料金を払おうと小屋に入るとおっさん2人と若い男が1人。
どれも明らかに管理人の感じがしなかったので呼ぼうとしたら、その若い兄ちゃんが無言で受付表を出しだしてきた。
なんだ、お前かよ。「いらっしゃい」とか「お疲れ様です」とかぐらい言えよ。

さっさと受付を済ましてテントに戻るととりあえずお茶の時間。
山では紅茶、というかタンニンで色を付けた温かい砂糖水を飲むのがデフォなのです。
温まるし砂糖でカロリーとれるからね。
ちなみにうちのクラブの紅茶はスプーンに山盛り3倍は常識です。人によってはそれ以上入れます。俺とか。
「ゲロアマ」紅茶って呼んでます。

で紅茶を飲んでラジオの気象情報を書きながら(携帯の電波入らないから自分で天気図書いて予報するのね)キムチ鍋の準備。
飯はパパっと作れて温かくて高カロリーで量が多いものが好まれます。だから鍋が多いです。米も夜は1人当たり1合ぐらい余裕です。
ちなみにその時時刻はまだ4時。
夕食を食い終えたのは5時とかそんなもん。山の生活は全体が朝方にシフトしてるのです。

で、OBどもが持ってきた酒をあおりながら今日早くもバテたOをちゃかすw
持ってきたものをみるとどうやらマンガを持ってきたらしいwいつ読むんだよw

ちょっと談笑して夕焼け見ながらタバコ吸ったら眠くなったので7時ころには就寝。
7人もいるのでテントはちょっとギュウギュウ。でも暖かい。というか暑い。
次の日(というか毎日)は4時起きです。おやすみなさい。
さて、いよいよ奥秩父縦走のレポを書いてきますわ。

ちなみにメンバーは俺、2コ下の後輩3人、1コ下の後輩1人、OB2人の7人で出撃。

GW全部使ったから4泊5日なんだけど、実はその前から出発してんだわ。
クラブでは「夜出」って言ってんだけど前日の夜に駅や、ふもとで仮眠してから行くこともあるんだわ。
利点としては
・出発がはやくなる
・遅刻の心配がない

で、4月30日の金曜日に出発したんですよ。
その前に1コ下の後輩と食糧の買い出しに行ったんですよ。
部室(御茶ノ水)集合で秋葉原に買い出しに行ったんですよ。
秋葉原には安くて広くて量の多いスーパー、「ハナマサ」ってのがあるんですよ。
荷物が多いからリュック背負ってて行ったんですよ。
そしたらメイド姿の客引きのお姉さんにガン無視されたw
あとリュックにネギも刺して行ったからきっとボカロ厨に注目されたw

で、いざ御茶ノ水stから奥多摩stへ。
20時ころの電車だったのでやや帰宅ラッシュ。サーセンww

奥多摩駅に着いたのが22時半ころ。屋根のある場所を選んで寝る準備(寝袋とか)したら後輩と一服。
出発前の気合いは必要なのです。

そんときは「余裕っしょwww」とか言ってた。数日後にボコボコにされるものも知らずにw

そんなわけで23時ころに就寝。1日目に続く。
まあ、山行ってきたんですよ。GW全部使って。唐突ですけど。
で、140文字じゃ足りないからここ使うわけですよ。1日を30文字で表すのは無理なんで。

最初は序章として今回の参考についての予備知識を。

まず行ってきた場所。仲間内では「奥秩父縦走」って言ってた。
奥秩父ってのは埼玉の西の端っこ。埼玉の岩泉みたいなもん。超田舎。
でも実際は奥秩父だけじゃないんだよ、これが。
まず出発地点が奥多摩。東京の一番西側。端っこ。
そっから東京と山梨の県境の山~埼玉と山梨の県境~埼玉と山梨と長野の県境まで縦走してきたわけなの。
面倒な言い回ししてごめんね。山って大抵自治体の境界線だからw
写真とか準備するの面倒だからgoogleマップとかで調べて頂戴。

さっき出てきた”縦走”ってやつも説明しないとね。
山ってのは1つがポツンとあるもの(独立峰)いれば、数個の山が連なってるもの(山脈、連峰)もあるじゃん。
分かりやすく言えば前者が富士山、後者が日本アルプス。
で、その連なってる山々を歩き続けるのが縦走。
まあ、いっぱい山の頂上行ってきたと思えばいいよ。

あとチョコチョコ分からない言葉出てくるかもしれないけど、気になったらググってw
説明しだしたらキリないからw

あと写真なんだけど結構俺以外の人の顔がもろ見えだから自粛しとくね。
いちいち了承取るのも面倒だしw
アップしてもよさそうなのあったらアップするわw

さて、次回からいよいよ奥秩父縦走のレポ書きますわ。
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